(一)物事はあらゆる角度から見よう!
(一)物事はあらゆる角度から見よう!
後期高齢者医療制度の理念は老人差別をするもので絶対に許す事はできない。
第一、 七十五才以上の人は社会的負担が不公平で現役世代の負担が多すぎるとは何事か?
第二、 一人所帯の増加を促進し、日本の家族制度を破壊するような扶養家族を削減する制度を許すわけには行かないのである。
第三、 日本の家族制度を破壊して、老後は社会福祉で国家が、国民全てを養う気だろうか? これは幼稚園時代から「お受験ママに育てられ、受験用の模擬テストの点さえ良ければ「良い子!賢い子」と誉められ「麻布、東大を経て、上級公務員試験」に受かっただけで、世間の事を何も知らずにキャリア官僚が創った制度である、と推測する。それを目先の自分の権益しか見えない馬鹿の代議士が何の疑いも無く国会を通した制度である。
彼等、昭和七年生まれは今年七十五才、昭和八年生まれで今年七十五才になる、この世代は医療費が掛りすぎ現役世代に負担が掛りすぎる、と高期高齢者に分離された「何を馬鹿な!」と怒り心頭に達し、頭に湯気を立て怒り狂った男達がいる。何故そんなに怒るかその一人の言い分を聞いて見よう。
先ず彼の生い立ちから始めよう。
(一)後期高齢者を差別する日本!
我輩は日本人である。
「名前はあるのか」だって、
「夏目漱石の小説に出てくる「猫」じゃ、あるまいし、当然あるさ!」
外国は知らないが、日本では生まれた時に親が名前をつけて役所に届けるんだ。
「何ノ何ガシ」と親が名前を付け役所の届けたとき、これで俺は日本人になった。
俺は「士・農・工・商」の身分差別のない「四民平等」「機会均等」の良い国!日本に生まれきて幸せだ!と思った。
(嘘つけ!生まれた時にそんな事分かれるもんか、母親のおっぱい探して「おギャー」「おギャー」と泣いてたくせに)
「親が東京下町の役所の出生届けを出したので大日本帝国の国民で、東京市の市民だった。
だが十歳の頃だったろうか? 大日本国帝国政府が俺に一言の挨拶も無く、勝手に「東京市」を「東京都」に変えちまったんだよ、それで「東京都民」となったのさ。
それから七十五年、大東和戦争の戦災で日本中は焼け野原にされ、俺の家も焼かれ、戦争は負けてしまった。すると国名から「大」と「帝国」が無くなり、だだの「日本国」になってしまった。
それからは、国籍・日本.本籍・東京都・現住所・・・なった。仕事の関係で何回か引越しをしたが、で平均的日本人として真面目な働き者で過してきた。税金も確り払い、健康保険も厚生年金も役所に納めてきた。
でれでも健康自慢で医者嫌い、の俺は健康保険なんて殆ど使っていない。貯金も大分ある。
それが今年になって突然、役所からピンクの保険書が送られてきた。
それによると我々七十五才以上の者共は「後期高齢者」ていう身分になり、「現役世代」と差別をされ事になったらしい。
一生涯「四民平等」だと思っていたのは間違いだったらしい。
我々「後期高齢者」は医療費が掛るので、現役世代と同じ保険では現役世代が可愛そうだ、と分離され、健康保険も別にするのだ!というのだ。
俺は息子と娘を呼びつけ、
「俺はお前たちを大学を出るまで、学費も払い、育ててきた。結婚をする時も応分の負担をした、そりゃーバイトもしたろうが、それは遊ぶ金が欲しくって勝手にしただけで、生活費は俺が全部見てやっていた。それなのに俺の老後の医療費が高く付からって、追い出す気か? 」
と怒鳴ったら、
「僕達そんな事知らないよ、法律を造った代議士だってこんな内容は知らなかったんだよ、国会は法律を造ってもアバウトで、詳細は霞ヶ関の高級官僚の(キャリア様)が他の法律と整合性を調べ細則は省令で決めるんだよ、そのくらいの事、知っておいてくれよ!親父、僕達の性ではないよ」であった。 続く、
新京都文庫・豊永高明
後期高齢者医療制度の理念は老人差別をするもので絶対に許す事はできない。
第一、 七十五才以上の人は社会的負担が不公平で現役世代の負担が多すぎるとは何事か?
第二、 一人所帯の増加を促進し、日本の家族制度を破壊するような扶養家族を削減する制度を許すわけには行かないのである。
第三、 日本の家族制度を破壊して、老後は社会福祉で国家が、国民全てを養う気だろうか? これは幼稚園時代から「お受験ママに育てられ、受験用の模擬テストの点さえ良ければ「良い子!賢い子」と誉められ「麻布、東大を経て、上級公務員試験」に受かっただけで、世間の事を何も知らずにキャリア官僚が創った制度である、と推測する。それを目先の自分の権益しか見えない馬鹿の代議士が何の疑いも無く国会を通した制度である。
彼等、昭和七年生まれは今年七十五才、昭和八年生まれで今年七十五才になる、この世代は医療費が掛りすぎ現役世代に負担が掛りすぎる、と高期高齢者に分離された「何を馬鹿な!」と怒り心頭に達し、頭に湯気を立て怒り狂った男達がいる。何故そんなに怒るかその一人の言い分を聞いて見よう。
先ず彼の生い立ちから始めよう。
(一)後期高齢者を差別する日本!
我輩は日本人である。
「名前はあるのか」だって、
「夏目漱石の小説に出てくる「猫」じゃ、あるまいし、当然あるさ!」
外国は知らないが、日本では生まれた時に親が名前をつけて役所に届けるんだ。
「何ノ何ガシ」と親が名前を付け役所の届けたとき、これで俺は日本人になった。
俺は「士・農・工・商」の身分差別のない「四民平等」「機会均等」の良い国!日本に生まれきて幸せだ!と思った。
(嘘つけ!生まれた時にそんな事分かれるもんか、母親のおっぱい探して「おギャー」「おギャー」と泣いてたくせに)
「親が東京下町の役所の出生届けを出したので大日本帝国の国民で、東京市の市民だった。
だが十歳の頃だったろうか? 大日本国帝国政府が俺に一言の挨拶も無く、勝手に「東京市」を「東京都」に変えちまったんだよ、それで「東京都民」となったのさ。
それから七十五年、大東和戦争の戦災で日本中は焼け野原にされ、俺の家も焼かれ、戦争は負けてしまった。すると国名から「大」と「帝国」が無くなり、だだの「日本国」になってしまった。
それからは、国籍・日本.本籍・東京都・現住所・・・なった。仕事の関係で何回か引越しをしたが、で平均的日本人として真面目な働き者で過してきた。税金も確り払い、健康保険も厚生年金も役所に納めてきた。
でれでも健康自慢で医者嫌い、の俺は健康保険なんて殆ど使っていない。貯金も大分ある。
それが今年になって突然、役所からピンクの保険書が送られてきた。
それによると我々七十五才以上の者共は「後期高齢者」ていう身分になり、「現役世代」と差別をされ事になったらしい。
一生涯「四民平等」だと思っていたのは間違いだったらしい。
我々「後期高齢者」は医療費が掛るので、現役世代と同じ保険では現役世代が可愛そうだ、と分離され、健康保険も別にするのだ!というのだ。
俺は息子と娘を呼びつけ、
「俺はお前たちを大学を出るまで、学費も払い、育ててきた。結婚をする時も応分の負担をした、そりゃーバイトもしたろうが、それは遊ぶ金が欲しくって勝手にしただけで、生活費は俺が全部見てやっていた。それなのに俺の老後の医療費が高く付からって、追い出す気か? 」
と怒鳴ったら、
「僕達そんな事知らないよ、法律を造った代議士だってこんな内容は知らなかったんだよ、国会は法律を造ってもアバウトで、詳細は霞ヶ関の高級官僚の(キャリア様)が他の法律と整合性を調べ細則は省令で決めるんだよ、そのくらいの事、知っておいてくれよ!親父、僕達の性ではないよ」であった。 続く、
新京都文庫・豊永高明
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